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東京地方裁判所 平成9年(ワ)6009号 判決 1998年3月25日

原告

神農照子

右訴訟代理人弁護士

平松和也

稲田寛

鈴木久彰

被告

甲野一郎

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金九一九万一三七九円及び内金五八〇万三八三五円に対する平成五年四月一日から、内金三三八万七五四四円に対する平成六年九月七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、不動産競売手続実行停止の仮処分申立事件において、被告が申立人(仮処分債権者)に代わり、支払保証委託契約を締結する方法により立てた担保について、右仮処分が右事件の被申立人(仮処分債務者)ないし原告に対する不法行為に該当するとの判決が確定した後に、被告が担保権利者である被申立人を相手方として権利催告による担保取消を申し立て、その結果として擬制同意により担保取消がなされたが、被告の右申立て及びその後の担保取消手続の遂行が、実質的な担保権利者である原告に対する不法行為に当たるとして、原告が被告に対し、右担保取消による原告が受けた損害の賠償を求めた事案であり、争点は、被告の右担保取消の申立て及び担保取消手続の遂行が原告に対する不法行為に当たるかどうかである。

二  前提となる事実(証拠を摘示しない事実は当事者間に争いがない。)

1  浦和地方裁判所越谷支部は、三愛建設株式会社(以下「三愛」という。)所有の不動産につき、柴崎商事株式会社の申立てに基づき、昭和六三年五月二五日、不動産競売手続を開始し(同庁昭和六三年(ケ)第八三号、以下「本件競売事件」という。)、その後の手続の中で、右不動産の抵当権者であった原告(株式会社曙社(以下「曙社」という。)名義)に対する三愛の弁済金を、一億一四九九万二九〇〇円(元本八〇〇〇万円、利息損害金三四九九万二九〇〇円)とした。

2  原告は、曙社名義で、有限会社大幸産商(以下「大幸」という。)に対し、平成元年八月一四日、右弁済金交付請求権を譲渡し、同月一五日、同裁判所に対し、右債権を譲渡した旨の通知をした(甲第三、第四号証)。

3  三愛は、被告を訴訟代理人として、大幸に対し、平成元年九月七日、右原告(曙社名義)の抵当権の被担保債権の内金六〇〇〇万円について、債務不存在確認訴訟を提起(東京地方裁判所平成元年(ワ)第一一七八八号、以下「本件債務不存在確認請求訴訟」という。)するとともに、同日、同裁判所に対し、大幸を被申立人(仮処分債務者)として、競売手続実行停止仮処分を申し立て(東京地裁平成元年(ヨ)第四六三〇号)、同月一二日、大幸は、弁済金のうち、金二八五二万七六〇〇円を超える弁済金を受領してはならない旨の仮処分決定を得た(乙第一号証の一ないし三、以下「本件仮処分」という。)。

4  被告は、右仮処分の申立てに際して、申立人(三愛)に代わり、担保提供をすることにして、三菱銀行虎ノ門支店との間で、金三〇〇〇万円を限度とする支払保証委託契約を締結した(以下これによる担保を「本件担保」と言い、右契約を「本件支払保証委託契約」という。)。

5  大幸は、本件仮処分により、本件競売事件の弁済金交付期日である平成元年九月一四日に、弁済金の内金八六四六万五三〇〇円の支払を受けられず、浦和地方裁判所越谷支部は、平成二年三月二〇日、右金員を浦和地方法務局越谷支局に供託した(同庁平成元年金第二〇九五号、以下「本件供託金」という。)。

6  大幸は、平成元年一二月二五日、本件仮処分に対して異議を申し立てた(東京地方裁判所平成元年(モ)第一七五六八号、以下「本件仮処分異議事件」という。甲第一三号証の三)。

7  大幸は、原告に対し、平成二年六月二五日、本件供託金還付請求権を譲渡し、同日、債務者である国(浦和地方法務局越谷支局供託官)に対してその旨を通知した(甲第三、第四、第一一号証)。

8  本件仮処分異議事件において、平成三年一〇月一一日、本件仮処分は取り消され(甲第一三号証の八)、三愛は、同月二八日、本件仮処分を取り下げた(乙第一号証の四)。また、本件債務不存在確認請求訴訟については、平成五年三月一六日、三愛敗訴の判決が言い渡され、(甲第一三号証の一〇)、右判決は、同年四月二日確定した(甲第一三号証の一一)。

9  被告は、平成五年五月六日、担保提供者として、大幸に対し、本件担保につき、権利行使催告による担保取消を申し立て、同六年五月一三日、擬制同意による担保取消決定を得た。

10  原告は、平成五年五月二六日、三愛を被告とし、違法な本件仮処分により本件供託金の還付を受けられなかったことにより損害を被ったとして、損害賠償請求訴訟を提起した(東京地方裁判所平成五年(ワ)第二〇九六八号、以下「本件損害賠償請求訴訟」という。)。

第一審、控訴審(東京高等裁判所平成七年(ネ)第五六七六号)は、ともに三愛の不法行為の成立を認定し、平成八年九月二六日に言渡された控訴審の判決においては、金九一九万一三七九円及び内金五八〇万三八三五円に対する平成五年四月一日から、内金三三八万七五四四円に対する平成六年九月七日から、各支払済みまで年五分の割合による損害金の賠償請求が認められた。

11  右の3ないし10の各手続において、原告及び大幸の代理人は、永松栄司弁護士であり、三愛の代理人は被告であった。

三  原告の主張

1  被告は、本件担保が、形式的には大幸が本件仮処分により被ることのある損害を担保するものであるが、実質的には原告が本件仮処分により弁済金交付請求権(供託金還付請求権)の行使を妨げられたことによって被った損害を担保するものであることを十分認識し、かつ、三愛には見るべき資産がなく、担保取消の奏効によって実質的権利者である原告に損害を与えることをも十分認識しつつ、形式的な相手方である大幸のみを相手方として担保取消を申し立て、これを取り消したものである。

すなわち、被告は、本件債務不存在確認請求訴訟及び本件損害賠償請求訴訟等において、原告の代理人を務めた永松弁護士に対して、本件担保についての担保取消の同意を求めており、本件仮処分の実質的な相手方が原告であることを認識していた。

しかるに、被告は、平成五年五月六日、本件仮処分の形式的な相手方である大幸に対して権利行使催告による担保取消を申し立て、たまたま留守番をしていた男性が書類を受領した後所定の期間を経過したのを奇貨として、平成六年五月一三日、擬制同意による担保取消決定を得て、これを確定させ、本件支払保証委託契約の効力を消滅させた。

さらに、被告は、本件担保取消を申し立てた当時である平成五年ころ、三愛は既に実態を失って倒産状態であり、裁判のために存在するだけの休眠会社であることを認識していた。

したがって、被告は、担保提供者として担保価値を維持する義務があるにもかかわらず、この義務に違反して、本件担保を滅失ないし毀損することにより、原告がこれを引き当てとして三愛に対する損害金の支払を受けることを不能ならしめたものである。

2  被告は、本件担保の取消によって、損害を被るのは原告であることの認識を獲得した時点で、担保取消手続の維持、継続の当否について、裁判所に確認し、あるいは、裁判所に対して担保取消の相手方の変更を申し出るなどをすべき法令、条理又は先行行為から導かれる法律上の作為義務を負っていた。

また、被告は、原告の代理人である永松弁護士に対し、大幸に対する権利行使催告による担保取消手続を申し立て、その手続が進行中である旨を説明して、しかるべき対応を促すべき信義則から導かれる法律上の作為義務を負っていた。

しかるに、被告は、これらの義務を怠って、原告に損害を与えることを認識しつつ、担保取消決定を得て、本件支払保証委託契約の効力を消滅させ、原告に損害を与えたのである。

3  以上から、被告は、民法七〇九条により、原告が右損害金の賠償を得られなかったことによる損害を賠償すべき責任を負う。

4  原告の損害金額は、控訴審判決で認容された金九一九万一三七九円及び内金五八〇万三八三五円に対する平成五年四月一日から、内金三三八万七五四四円に対する平成六年九月七日から各支払済みまで年五分の割合による金員と認めるのが相当である。

四  被告の主張

1  被告は、本件仮処分の担保提供者として、平成五年五月六日、担保権利者である大幸を相手方として、権利行使催告による担保取消の申立てをし、所定手続を正規に経由し、同六年五月一三日、担保取消決定を得た。右担保取消決定は、正式な手続に従って行われたものであり、これにより、被告が本件支払保証委託契約の効力を消滅させることには何らの問題もない。

2  被告には、本件担保の実質的担保権利者が原告であったことの認識はなかった。また、原告は、平成二年六月二五日、大幸より本件供託金還付請求権の債権譲渡を受けた後も各訴訟において大幸の地位を承継する手続を執らなかっただけでなく、大幸は、自らを法的主体として三愛と訴訟を継続していたのであるから、被告が、大幸を相手方として、担保取消の手続を執るのは当然である。

さらに、被告は、大幸の代理人で、原告の代理人でもあった永松弁護士に対し、担保取消の同意を求め、担保取消に同意が得られなければ、権利行使催告による担保取消手続をする旨告知している。

3  担保取消手続進行中に裁判所から大幸に数度にわたって送達がなされており、さらに、永松弁護士には担保の取消の意思も伝えている以上、大幸の代理人であり、原告の代理人でもある永松弁護士が、担保取消手続が進行中であることを知らないとは考えられなかった。

第三  当裁判所の判断

一  権利催告による担保取消の申立ての相手方について

原告は、被告が、本件担保における実質的な担保権利者が原告であることを認識しながら、形式的な担保権利者である大幸を相手方として、権利行使催告による担保取消を申し立てたのは、違法であると主張しているので、まず、本件担保について、権利行使催告による担保取消の申立ての相手方を誰とすべきかについて検討する。

1  仮処分の担保についての権利行使催告に基づく擬制同意による担保取消の手続(民事保全法四条、民事訴訟法一一五条、ただし、いずれも平成八年改正前のもの、以下同じ。)は、訴訟完結後、担保権利者がその権利を行使しうる状態になったにもかかわらず、その行使をしない場合において、担保をいつまでも放置しておくことによる担保提供者の不利益と、担保権利者に被担保債権の行使を強いた場合の不利益との調整を図りつつ、右不確定な状態を除去するための手続であると解される。

この場合において、権利行使の催告を受けるのは、あくまでも、当該仮処分において債務者とされているものであり、裁判所は、担保提供者が、訴訟の完結した後に、権利行使催告による担保取消の申立てをすると、この債務者である担保権利者に対して権利行使催告をすることになり、担保権利者が、右催告期間内に、損害賠償請求訴訟の提起、支払命令の申立て、起訴前の和解又は調停の申立て等の、被担保債権についての裁判上の具体的な請求をしなければ、担保の取消しに同意したものとみなされることになる。

2 本件においては、前提事実記載のとおり、本件仮処分を取り消す旨の判決が言い渡された後の平成三年一〇月二八日に、本件仮処分が取り下げられ、本案の訴訟である本件債務不存在確認請求訴訟も平成五年四月二日に三愛敗訴の判決が確定しているのであるから、訴訟が完結した場合に該当し、被告は、その後に、担保提供者として本件仮処分において債務者とされ、担保権利者とされている大幸を被申立人として、権利行使催告による担保取消決定の申立てをしているのであり、これを受けて、東京地方裁判所において、大幸に対し、権利行使の催告手続をした上、権利行使がなかったことから、本件担保について担保取消決定をしているのであって、右被告の申立てを含む一連の手続に何らの瑕疵も存在しないものというべきである。

3 原告は、本件担保の実質的な権利者が原告であるとして、原告を被申立人とすべきであると主張するごとくであるが、本件仮処分裁判所は、手続上、本件仮処分において、本件担保の権利者とされている債務者大幸以外に、権利行使の催告をすることができないのであり、被告は、大幸を被申立人として、権利行使の催告による担保取消の申立てをせざるを得ないのであるから、原告の主張は、失当といわざるを得ない。

また、被告に、仮処分裁判所に対する、原告主張のような法律上の作為義務があるとは、到底認めることができない。

4  なお、大幸は、本件供託金還付請求権を原告に譲渡しているが、本件供託金還付請求権は、本件担保が担保する、本件仮処分により被るべき損害の賠償請求権とは異なるから、右の譲渡により、三愛に対する本件仮処分による損害賠償請求権が原告に移転するものではないことは当然である。

二  原告は、被告が永松弁護士に対し、大幸に対する権利行使催告による担保取消手続が進行中である旨を説明するなどの、信義則から導かれる法律上の作為義務があると主張するが、本件において、被告にそのような法律上の作為義務があるとは、到底認めることができない。

三  そうすると、その余の点につき判断するまでもなく、原告の主張は、理由がない。

四  よって、原告の請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官山﨑恒)

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